「FX意識改革」ブログ

 2009年から専業トレーダーになる方法を真面目に解説しています。
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# FX意識改革119 物事の本質に向き合うことが、成功への最短距離
これまで哲学についてのお話しをしてきました。
ここで改めて哲学を学ぶ意味とは何なのかを考えてみましょう。

哲学は、学問の王様であると私は思っています。

車にたとえたら、哲学以外の学問はいわばパーツ部分であり、
そして哲学はエンジンなのです。

学校の勉強をまじめにやって、ペーパーテストで良い点を取っても、
そのままでは社会に出てから何の役にもたちません。
最後にその学んだことを、自分の頭で活用しなければならないのです。

ただ、学んだだけでは、それはただのデータ、ただの知識です。
そこにエンジンを加えて、知識を知恵に昇華させるのが哲学の役目であるしょう。

つまり、「自分の頭で考える」というのを教えてくれるのが、
哲学という学問であり、それがまさに哲学の本質なのです。



しかし、哲学を巡る現状はとても皮肉なもので、それを学ぶ人や
当の哲学者たちですらも自分の頭で考えない人がたくさんいるのです。

たとえば哲学者のカントとはどういう人で、
どんな行いをしていて、彼はこういうことを考えていた。
といった、ただその人の思想を紹介するだけで終わってしまう。

こうなると自分の哲学を作り出さない、
ただの「哲学者に詳しい人」になってしまうのですね。

哲学の偉人を研究することは、「哲学」の本質ではありません。
それは「哲学史」の本質でしょう。

重要なのはカントはこれについてこのように考えていた。
そこからヒントを受けて、では自分はそれについてどう考えるのか?

と、一歩進んで自分なりにオリジナルなものをひねり出す、
自分の人生を豊かにするために、自分の哲学を築き上げることができるのが、
本当の意味での「哲学者」であるはずです。


しかし、多くの人は、
この哲学の本質からズレたところで堂々巡りしてしまうのです。

自分の頭で考えられない場合は、
ただの哲学に詳しい人になり下がってしまいます。
こうした人と議論をしたところで、

「あなたのカントの解釈は間違っている」とか、
「そんなことはカントはいっていない」とか、
「〇〇についての定義というのはそもそも○○であるべきだ」とか、

このような不毛な議論にしかなりません。

それは哲学史の研究者同士でやればいいことです。
哲学の研究者になっても多くの人にとっては意味がありません。

要はその哲学のエッセンスが、
どのようにして自分の人生に役立てられるかどうかが肝なのですから。



このように本質からズレたところで「がんばって」しまうことは、
生きていく中でたくさんあるでしょう。

たとえば学校で卓球部に入った少年がいるとしましょう。

彼が卓球で強くなりたいのならば、基礎的な技術を身に着けることです。
サーブ、レシーブ、ドライブ、スマッシュなど、基礎技の能力を向上していく。
そして、自分の筋力を鍛えて、より力強い球を打つことです。
それが卓球で勝つための本質です。

基礎技を身に着けるのは、ひたすら地道な訓練が続きます。
その訓練に向き合えない人は、すぐに脇道にそれてしまうのです。

そんな人たちにとって好都合なことに、
卓球というスポーツには、いろいろなラバー(用具)があります。

ラケットに張るラバーによって戦型が変わるのではありますが、
脇道にそれた人は、そのラバーの良し悪しに執着するようになります。

一流選手が使っているラバーを張れば勝てるに違いないとか、
日本製のラバーが最強だとか、いやいや中国の粘着系ラバーがいいんだとか、
他の人が使っているラバーの性能にケチをつけたりする。
単なる用具マニアになってしまい、本質からズレたところで不毛な議論が進行していく。

このように物事の本質からズレたところで「がんばって」しまうと、
目的達成の大きな回り道になってしまうのです。

ラバーの良し悪しが影響するのは、上級者になってからです。
上手い人なら弘法筆を選ばずで、ボロボロのラバーを使ったって強いのです。

なぜならば上手い人には訓練によって身に着けた「自分のスイング」があるからです。
だから、試合でもラバーなぞお構いなく全力で自信を持って打球してくるでしょう。
「自分のスイング」を身に着けていない人はラバーを最新のものに変えても、
それを身に着けている人にはかないません。



というわけで物事の本質を為すためには、
ただひたすら、その本質と「向き合う」ことです。


哲学ならば「自分の頭で考えて自分の哲学を作る」こと。
卓球ならば「全力で打球するために自分のスイングを身に着ける」こと。

それにひたすら「向き合う」ことが、成果への最短距離です。

しかし、物事の本質に向き合える人は少数なのです。
多くの人はそこから逃げてしまって、無駄な時間を費やします。

なんでもそうですが本質というものは、
本質ですから無駄なものが一切ありません。

それはガッチリしていて、融通がなく、反論のしようがない姿をしている。
まるで目の前にある大きな岩のようなものです。

その岩を乗り越えていくには、結局は自分の力で乗り越えていくしかない。
それは地道な正攻法でしか乗り越えられないものです。

何の道具も使わず、自分の手と足で登らなければならない。
これが誰にとっても、とてもしんどいことなのです。

で、この岩に向き合うのがとてもしんどいので、脇道にそれる。
岩を登ろうとせずに、岩の周りにとどまって別のことをやりだす。
すると不毛な堂々巡りが始まるのです。


これはトレーダーにも言えることですよね。

トレードも勝つための本質というのは、
相場の動きに併せて自分のポジションを機敏に持ち変えて、
利食いと損切を繰り返しながら、コツコツと利益を出していくということです。


私はそのために「100戦トレード法」というのを提唱しています。

↓参考ブログ記事↓
http://blog.homing-fx.com/?eid=1520609

こうしたトレーニングを続けていって、
100回ごとにトレード成績を出して客観的に振り返る。
そして正しいトレードができているかを反省し、
次回は1pipsでも上積みして、成績を増やそうと努力をしていく。
上手くなるにはこうした地道な練習の積み重ねをやっていくしかありません。


でも、これを実際にやるのは、しんどいのです。

パソコンに張り付きながら、
紆余曲折する相場の動きに負けずにどこまでもついていこうとする粘り強さや、
損切を躊躇なく行える決断力など、地味な要素の積み重ねになっているからです。

たいていの人は、これをやり続けるのがしんどくて、めんどくさくなります。
そして、別のことをやりだすのです。

頻繁に業者を鞍替えしたり、
テクニカルツールマニアになったり、
ファンダメンタルマニアになったり、
システムトレードに走ったりする。

そしてそれらについての不毛な議論を展開する・・・

目の前の登らなければならない本質の「岩」にいつまでも向き合わずに、
本質からズレたところで「がんばって」しまうのです。

本質の巨大な岩から逃げ出さずに、カメのようなのろさでも、
一歩ずつ自分の力で登ろうとする人が、結局は強いのです。

そして岩を登った人から教えを乞うても、たいていの人は実践ができない。
なぜならば、それは身も蓋もない地道な方法であるからです。
多くの人は、それはとてもしんどいのでやりたくはない。

で、脇道にそれる。もっと楽な方法はないものかと、
本質の岩の周りをウロウロしながら、延々と不毛なことをやってしまう。

私も何度も何度も脇道にそれて無駄な時間をかけてきました。
そして気づいたのです。

物事を為すためには、その本質の岩をショートカットする方法はなく、
その目の前の岩に向き合い、ただ地道に登るしかないのだということを……




さて、ありがたいことにこのメルマガを通じて、
哲学に興味を持った方がたくさんいらっしゃいました。

改めて哲学を学ぶということは、
哲学史の研究家になることではありません。
「自分の頭で考えることを学ぶ」ということです。

そして「自分の哲学」を築いてください。

それはしんどいことなのですが、日々の生活の中で地道に考えていきましょう。
そして「自分の哲学」を身につけられたら、人生全般が楽になるはずです。

人生が辛いという人は、他人が考えた枠の中で収まったまま窮屈に生きているからです。

自分で必至に考えた自分なりの哲学を持っている人は、
どんなときでも楽しく生きていけるはずですから。


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